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AppLovinの上場に、いち従業員だった立場から思ふこと

僕が 2015 年の春から 2019 年初頭まで 3 年半ほど働いた AppLovin がこのたび、ニューヨーク証券取引所 (NYSE) に上場しました。(ticker symbol は "APP")

この記事では、AppLovin のビジネスについてではなく、シリコンバレーの (少なくとも上場までは) 成功したスタートアップに勤務した経験から、従業員目線で『これ良いな、日本のスタートアップにも真似して欲しいな』と思った点をいくつか紹介します。

(それぞれの項目が関連しているので、どれか 1 つだけ真似てもダメかもしれないです)

1. 辞めた従業員にも株・SOを残す

日本だと、上場前に会社を辞めたり、上場後のロックアップ期間を待たずに退職したりすると、SO (stock option) が消失してしまうというのが一般的なのではないかと思います。

他方 AppLovin をはじめとするシリコンバレーのスタートアップでは、退職した従業員・役員にも SO を残したままのことが多いようです。(下記記事参照)

僕が AppLovin に入ったのが 2015 年で、それから上場まで 6 年かかっています。もし 6 年間 (場合によってはもっと) 同じ会社で働き続けないと株のメリットが一切得られないとなると、優秀な (大企業でそれなりの年収が得られる) 人材は、リスクが高すぎてアーリーステージのスタートアップに飛び込むのが難しくなってしまうのではないでしょうか。

ここでいうリスクとは、金銭的なリスクもありますが (年収を下げてスタートアップに入って、株のリターンも得られないと、単に生涯年収を下げるだけになってしまう)、時間的なリスク (上手くいくかどうか分からない会社に、自分の人生を長く捧げすぎてしまう) も含みます。『今辞めると株の利益が無くなっちゃうからなぁ』という消極的な理由で、そのスタートアップに年単位で余分に (自分が最大限貢献できる期間や、モチベーション高く働き続けられる期間を超えて) 縛られてしまう可能性があるからです。

そのような『上場まで会社にしがみつく』従業員が増えると、組織にとってもネガティブなことがあります。次の項で詳しく書きますが、当該従業員の能力が会社の成長に追いつかない、スキル・スタイルが会社の規模に合わなくなる、全盛期のモチベーションより明らかに低い状態のまま働かれる、などです。

卒業してもそれまでに付与された株・SO が残るとなれば、従業員も役員も、より自由な意思で新たなチャレンジが出来るようになり、組織としては新陳代謝が促進されます。

あと、辞めた人にも株・SO が残っている場合、その人たちが経済合理的な行動をとると、その会社と利益が相反する行為 (悪口を言ったり) はあんまりしなくなります。むしろ応援するインセンティブが生まれますよね。口封じっぽく聞こえなくもないですが(笑)、辞めてもサポートしてくれる緩やかな仲間が業界に散らばっていくのは悪く無いですよ。

2. 会社のステージに合わなくなった社員に卒業を促す

僕が AppLovin に入ったのは 80 番目ぐらいで、半分以上がエンジニアだったので、ビジネスサイドはグローバルでせいぜい 2-30 人というところでした。(今は買収とかもあって 1,500 人ぐらいになっているのかな多分)

そんな若いフェーズのスタートアップに入るような人って、組織の中でキチッと立ち回る・決められた通りに実行するのが得意というよりは、『野武士・特攻隊長』的な、独立遊軍で勝手にゴール決めてくんぜ!みたいなタイプの人が多かったんですよね。

そういう野武士タイプの人って、会社が大きくなって『決められたやり方で、組織として再現性高くアウトプットを出す』ような動きは逆に苦手だったりするんですよね (全員ではない)。なので段々と、求められてるものに合わなくなり、会社にとっても自分にとってもストレスがかかってきます。

あとは、ビジネスによっては『もう何度もやってきたことを繰り返すだけで、個としての成長が鈍化してきちゃったな』という人もだんだん増えてきます。(逆に、会社が大きくなってから入社してくるような人は、ルーティンで同じ仕事を繰り返すのを比較的苦にしない傾向があります。ほんと尊敬します - どっちが良いとかではなく、得意不得意ですよね)

AppLovin の経営陣がユニークなのは、漫然と『みんな辞めずに長く働いてくれよ〜』というのではなく、それぞれの従業員のことを思って『AppLovin があなたにとって一番成長できる場所じゃなくなったら、気兼ねなく辞めていいよ』というメッセージを発してきました。

これは (少なからぬ採用コストをかけて) 優秀な人材を採用してきている会社としては、なかなか勇気がいるメッセージだと思うんですよね。でも個人的には凄くフェアだと思います。『これまで幾らかけてお前を育ててきたと思ってるんだ、返すまで辞めんじゃねぇ』みたいなこと言うのではなく、その人にとって会社が『一番成長できる場所』じゃなくなったら、次のチャレンジをむしろ積極的に促すという。

当然、会社としてもメンバーにとって『より成長できる場所』であろうとする努力はするのですが、一方で、『明らかに、どうしようもなく、合わない』状況になることは避けられないとも考えているんだと思います。

でも、一方でこれは会社にとってもメリットが無いわけではないんです。前の項で書いたような、会社の成長に能力が追いつかない人や、会社のステージにスキル・スタイルが合わなくなってしまった人は、そのまま残られるよりも、より合った人に席を譲ってもらうほうが、会社的にも良いと思いませんか?

そんでもって、前項との絡みでいうと、退職を促すけど『辞めたら SO は無くなるからね☆』ってのではもう搾取でしかしないし(笑)、株のリターン欲しさに『本当は合ってないのに、しがみつく』行為を動機付けしてしまいます。

会社が若い頃に入ってくれた野武士にも、より成長・安定した後から入ってきた人にも、とったリスク (公使価格に反映される) と貢献度合い (在籍期間に比例して、SO・株のベスティング割合に反映される) に応じてフェアな期待リターンを提供することが出来るこの仕組みは、とても良いなと思っています。

(前提条件として、解雇規制が日本よりキツくない = パフォーマンス出してない人を、株・SO をさほどベスティングする前に退場させられる、というのがあるのはあるんですが。そうじゃないと、たいして貢献しなかったメンバーにも株のリターンをもたらすので、フリーライダーを誘発してしまいます)

3. EXIT が大型

AppLovin のリアルタイムの株価はネットでチェックしてもらうとして、上場時の時価総額が 3 兆円強という大型の IPO でした (少なくとも日本の感覚からすると)。なので、ごくごく僅かな割合しか株・SO を持っていない (数十人目、数百人目の) メンバーでも、それなりのリターンを得ることが出来ました (幾らかはご想像にお任せしますが、人生あがり!ってほどの金額ではないです)。

これが例えば 100 億円未満の IPO だったら...と思うと、少なくとも経済的には、いちメンバーとして給料を下げてスタートアップに飛び込もう!というインセンティブはほとんど無くなってしまいます。

もちろんお金が全てではないし、大企業では得られないやりがいや経験を求めてスタートアップに飛び込むというのは全く否定しないです。が、逆に経営者サイドがそこに甘えて『経済的にも全メンバーに合理的なリターンを出そう』という努力を怠っていたり、逆に『やりがい搾取』的なことをしたりしているのは、僕は嫌いです。

ぶっちゃけ上手くいくかどうかは運やタイミングの要素も大きいですが、少なくとも『運良く勝ち馬に乗れたら、大きなリターンがある』って状況になったほうが、より多くの優秀な人を (スタートアップ業界全体として) 魅了できるんじゃないでしょうか。

なお『エンジェル投資家として』の僕は、投資先のスタートアップにおいて、創業者・経営者だけでなくメンバーレベルでも、なるべく多くの人がなるべく大きな経済的リターンを得られるといいなぁ、と思っています。

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というかんじで、色々前提条件の違いがあるのでまんまパクることは難しいかもしれませんが、日本のスタートアップの創業者・経営者の方に少しでも参考になれば幸いです!

機関投資家の方などで、AppLovin の話を聞きたい場合は、TwitterFacebook から気軽にメッセージください笑。まだまだ上を目指してる会社なので、僕も基本的には売らずに保有し続けるつもりです。

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Tatsuo Sakamoto (坂本 達夫)
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